2024年03月11日

あれから13年・・・被災していなくても

当時から、JTSに在籍してくださっている会員さんもおり、
3月11日の重みが今年もひしひしと、いやズッシリと胸に伝わる昨今です。

私自身関東の人間で、被災はしておりませんが、あの日のことを忘れることなどできないでしょう。
何度も書いてますが授業で日本易道学校に居ったことが、幸いでございました。
お店も電車も止まってしまいましたが、学校に泊めていただき、帰宅困難者にならずにすみました。
ほぼ9割がた女性の受講生さんが多い中で、男性の受講生さんのお一人が、ずっと私たちに付き添ってくださっていたことが深く刻まれています。ご自宅は渋谷でしたのに、すぐにもご家族の元へ帰りたかったでしょうに。
いつもこんな風に、私は皆さんに助けられて今日まで生き延びてこられたんだなと。
ニュースを観ながら思い出しながら泣かずにいられなくなり。

今もなお宮城県石巻市では、仮設住宅で1100世帯が暮らしていらっしゃるとのこと。
一部の方から、「孤独で辛くて」「このまま死んでいくのを待つだけ・・」
そんなお声が、ニュース番組で流されるVTRの中で。

ただ、それって、被災に関わらず、もう結局人間の生き様の本質と言うか。

私自身も、まったく同じでなんです。皆さんに助けられ、家族もいるけれども、、結局は、孤独で生きるのが辛いです。
生きるということは、死に向かうことです。
日々、なんやかんやで目標を作りながら、気を紛らわせながら、生きているようなところがあるでしょう。
時々ふっとむなしくなる、絶望感に襲われることもあるものです。

被災していても、いなくても、、

だからより一層、被災者の方には寄り添いが必要、物理的にも精神的にもサポートが必要だという、そういうことはもちろんわかります。

被災でかけがえのないものを失ってしまったとなれば、あのような災害さえ発生しなければと、いう頭になるものです。

一方でまた、被災していなくても、やはり生きている限り何かしか発生するものですね。

みんないっしょの人間だから。個性の差はありますが、同じ、人は人です。

占術的な思考で、十二星座なら12に、九星なら9に、人を分類し、多角的に論じ、、ハイそれで終わり、なら、これやる意味ないでしょう。
どうやって手を携えながら、最期まで生きていけるかものなのか。

imageMagazine20240311.jpg

結局は、孤独で生きるのが辛いという、その恐怖に、飲み込まれてしまう、自分がいました。過去においてはですね。
これははたまたどうしてなのか分かりませんが、占術的な思考をもって考える分には、自身の感情に飲み込まれることが、なぜかないのです。

うまくまとまりませんが、まずは目的をもって、生きていきましょう☆

最後に、被災され命を落とされた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。



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posted by ステラ・マリス・ナディア・オフィス at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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