易道学校タロット&西洋占星術講座後記
19日の講座は行きたくないけれどもしかたなく行きますなんて書いてしまい。
お一人も欠席されることなく、開講できまして、無事年内のカリキュラムを消化することができ、心からお礼申し上げます。
私は、栃木・茨木寄りの埼玉のいわゆる奥の方、小さな町から通っているので、また12/20前後の波乱含みの星回りの最中ということもあり、野党からは緊急事態宣言の声も上がっていた最中で、登校するのに危機感を覚えた次第で。
ひとそれぞれの環境、感じ方、考え方があります。自分のものさしオンリーというのが一番怖いものでしょう。
講座の主役は受講生さんたちですから、皆が今は大アルカナ&簡易出生図でざっくり運勢鑑定ができるようになれば本望なのです。
しかし、しかたく行きますとはいかんせんお子様地味た表現ではあり。お詫びの気持ちを込め後記など。当日の流れは下記のようだったでしょうか。
西洋占星術基礎科
11:00開始
ウォーミングアップとして、啓運研究に寄稿した西洋占星術の素顔その2から「太陽と月で観る」の話題から。
太陽星座でだけ占う12星座占いに対して、いわゆる正式な運勢鑑定というものがどう違うのか、基本の基本なのですが、年内最後の総復習的に、下記某有名人の出生図を解読させて頂きました。
太陽in魚座−月in乙女座のスプリッティングに垣間見られる「生きづらさ」。
近年ニュースをにぎわせている芸能人の方のチャート、「死にたい」と訴える若者たちによく見られる太陽−月の90度、180度、また乙女座の集中。
乙女を拠点とする強いアスペクトも華奢というか脆弱なメンタリティというのがキーワードに。
海王星in蠍座です。14年ぶりに移行し、海王星が蠍座に入った年にお生まれになっているのも特徴的。
独特のことばの使い方言い回しについて、水星in水瓶座を指摘される方もいらっしゃいました。
「正解」ではなく、ざっくり「こんな人ですね、こういう注意点、こういうメリットや希望がありますよ」と伝えて差し上げることができるようにというのが、本講座の主旨ですね。
このチャートに表されている当事者の方が相談にいらしたわけではないのですが、もろく、こわれやすい一面をお持ちだから、まずそういうことを身近に解ってもらったり、そういうところでつき合っていける仲間を持ちましょうという感じですか。芸術や創作活動を通しての自己表現も生きがいに。このチャートの方はたまたま芸能界でヒットされた幸運がありますが、光と闇の定めを感じられているかもしれません。
11:30
さて本題はテーマ:蠍座
テキスト読みながら、水の星座の概要、第八室、守護星冥王星等々すべては第一室からの連なりで、「遺産、父方の親族」などがキーワードになる所以が重要でしょう。
太陽星座のみならず、月、水星、金星、火星の主要御惑星が蠍座入りした際の特徴に触れ、
次回は冥王星のおさらいとともに、外惑星・木星、土星、冥王星が蠍座入りした時の占断をやっていこうと考えております。
マツコ・デラックスさん(1972年〈昭和47年〉10月26日 – wiki情報)のチャートを取り上げさせて頂く。
とにかく皆さん知っていらっしゃらないとしょうがないので、「有名人」をいつも模索しております。
特に私自身が好きとか嫌いとは置いておき。キャラクターとチャート的なユニークさがある方を探す過程で勉強させて頂いております。
時間があればやろうと思っていた太陽in天秤座の方のチャートはもう誰のを持っていったのかがあれですが、意外と「平凡」というか、中庸というかホドホドがキーワードのようなイメージのチャートでしたね、そう一時期よりあまり露出していないけれどあの方でした。
13:00終了、1時間休憩後、14:00タロットの部
「吊るされた男」の絵柄のパーツをお伝えすることからテキスト読みまで。
タイトル通り吊るされているのですが、正位置になった時のほうがなんだか見やすい?


足をクロスしているところについて原文を紹介したい気持ちにかられたのですが、授業中は肝心な文書を読み落としておりましたのでここに。
作者A.E.Waite氏自身の原書に。
The gallows from which he is suspended forms a Tau cross, while the figure--from the position of the legs--forms a fylfot cross. There is a nimbus about the head of the seeming martyr. It should be noted (1) that the tree of sacrifice is living wood, with leaves thereon; (2) that the face expresses deep entrancement, not suffering; (3) that the figure, as a whole, suggests life in suspension, but life and not death. It is a card of profound significance, but all the significance is veiled.
gallow: 絞首台
fylfot cross:フィルフォット・クロス
足はフィルフォット・クロスの十字架を形作っています。殉教者と見られる人の頭のまわりに後光がさしています。次のことを心に留めるべきです。
(1) 犠牲の木には葉がつき枯れていない。
(2)その表情には大きな喜びが浮かび、苦しんでいない。
(3)その全体としての姿は生が一時停止していることを示すが、生であり、死ではない。
ということで、授業中は「卍まんじ」と解釈した場合の話をお伝えしておりましたが、フィルフォット・クロスの場合を伝えるべきでした。誠に恐縮です。もう焦っていたというしか。
15:00
二枚目のアルカナ「DEATH」
さりげなく染められている赤い部分にも焦点が当たりました。
原書では下記のように述べられています。
★生を意味する神秘のバラが飾られた黒い旗を持った神秘的な騎手がゆっくりと動きます。地平線の端にある二つの柱の間に不死の太陽が輝いています。騎手は目に見える武器は持っていませんが、王、子供、娘がその騎手の前に倒れ、司教が手を握り締め自分の最後を待っています。
すでに馬の下に男性の遺体。老若男女が死す構図。

13という数字から20「審判」までの流れについて、安易にキリスト教的になぞらえていると理解するのは少々短絡的で、教室では宗教談義はタブーですので、ここで改めて伝えさせていただきますと、
まず、「死と再生」について考えよう、というところが大きなアルカナ13ですね。
輪廻転生をテーマとするのは、あらゆる古代宗教、神秘思想、錬金術、そういったものの代弁者でもあるタロットではなかろうかとも。
輪廻転生という思想に立ちはだかる思想、それがキリスト教でもあり。
キリスト教における死、主に4つの呼び名と考え方がありますが、いずれも死後は「天に召される」=天国へ行く=現世で生まれ変わるなど言語道断。
その教えとして、「信者として巻物に名前が記されていた人だけが死後、天国へ行くことが許される」=救済の絵図 などが各地に たとえばミケランジェロの
圧巻の芸術ではありますが。これではない最後の審判を「タロット象徴事典」「タロットの歴史」に掲載していただいております。
A.E.Waite氏はそれについて警鐘を鳴らす含みもあり、キリスト教的な有名名画のモティーフを各所にちりばめたアルカナを作成したのかもしれません。
ウェイト版の「審判」では老若男女すべてが救われます。
キリスト教的なモティーフ、ゆえにウェイト版は大衆に受け入れられたのかもしれません。
どんな宗教を信仰しようと、考え方は自由であり人それぞれで、またタロットについてもどのように考え、お使いになるかモ人それぞれでしょう。
私自身は、より自由に、心地よく、皆と調和的に生きてゆくためのタロットをお伝えしてゆければという毎日です。
この日「DEATH」の冒頭で、すべてのものに「寿命」があるという考え方をお伝えしました。
すべてです。形あるものないもの、皆に宿された命を、大切に使い果たさねばという意識を、私自身タロットの絵柄から教えられた思いでおり、より一層1日1日を過ごすようになった次第です。
必ずしも、100%達成できないこともあり。植物をムダに死なせてしまうこともあり。
でも本当に、ムダにするかしないか、そこでその人がどうするかにかかってくることですよね。
あきらめては、それでまでです。
井上でした。
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