2008年09月25日

神聖動物

 9/23の日本易学連合会・連続タロット講座も、お陰様で無事、終了致しました。
 また、神聖動物が出てきまして、「皇帝」の項で、牡羊ですね、自分としては大変この話が好きで、もう30分でも1時間でもしていたいくらいのですが、、って、そればかりやられても皆様お困りになるであろうと、何とかあっさり通り過ぎることができホッとしております。でもやっぱりあっさりスルーしてしまうと、何故これが神聖動物となったのか、その所以等、まだピンと来ていない方もいるではないでしょうか。

 しかし、十二支にも、未年ありますしね、もう、太古の神聖動物と言えば、西洋においては羊が筆頭に上がります。「愚者」では犬、「女教皇」では牡牛、これから「力」では獅子、「死に神」では馬と、まだまだ、登場するので、私自身も大変楽しみです。私がなぜタロットに引きつけられるかというと、札の要所要所にこういう人間を越えた生き物のエネルギーが顔を出している点がひとつ上げられる。人間はね、愚かな生き物でしょう、本当に。。人間だけでは生きられるはずはないのに、どんどん他の生き物や自然を侵食していって。大地も川も海も山も、人間だけのものじゃない。他の生き物にも心地よい、地上であって欲しいものです。が、もうそれも望めない段階に達していましょう。

 何かこう贖罪のようなつもりで、私は自分の犬を溺愛してしまうのであった。犬と一緒に一日過ごしている人はみんな、どう接しているだろう? すーごく、くっついてきますよね、犬って、、人の一挙手一投足に神経を集中させていて、昼寝しているなと思っていても、自分が席を立つとダッと駆け寄ってきて、どこへでもついて来ます。トイレにまで。外で待って居るんですよ。ちょっと休憩とかね、お菓子とか食べに行くとき内心「来るな来るな。。」と祈りながら行きますが、既にもう足下に来ている(笑)。すごい聴覚、聴覚ですね、外の足音などにも敏感で、すぐに戸口に出ていって威嚇する。今も自分の背後で浅い眠りに入っているが、仕事の手を休めてこうしてネットの書き込みなどし始めると、すぐに「遊んで、遊んで」来るわけです。人の雰囲気から感じるんでしょうね、今気がゆるんでいるなとか、スキがある感じを。一日中こうして犬に張り付かれると、もうなんというかホントに「守ってくれているんじゃないか」と心底錯覚してしまうわけです。ガードされている感じがひしひしと。。

 こんな風に、太古の人たちも常に守られたかった。
 こうして家の中で保護されていて、身近に情報が豊富にある現代においても、守られていることに保証が欲しいくらいですからね、古代人の生活においては、生きる上での不安や恐怖はいかばかりのものだったでしょうか? 電気もガスもない、夜になれば、冬になれば、人はただ恐怖におびえつつ、太陽にまた出会えることだけを祈って一夜を過ごすしかなかったでしょう。
 自ずと当時の人々は、人間にはない、彼らに備わった特殊な力=超能力を求め、何か同化する方法はないかと考えたりしたのですね。敏感で忠実な犬、農耕の道具になってくれた牛、食肉や温かい毛皮を提供してくれる羊は、彼らにとってスーパーアニマル=神 さながらだったのです。そこから生まれたのが、神話であり、祈祷と儀式の習慣なのです。その延長にあった占術につき、やはり動物たちとの関係性は切っても切れないものがある。いつまでもこの関係性を、尊く神秘的に守っていきたいものです。0
posted by ステラ・マリス・ナディア・オフィス at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック